2011年9月27日
やることがたまりすぎて、何からやったらいいのかもわからないよう、とぼやくだけの日々が続いていたが、ここ数日、いろんな人に遊んでもらい、ようやく気が済んだのか。
だいぶんすすんだ、よ。と。といっても、山の入り口にたったという。そのくらい。
でも、今までは、やることがあるから、やらなきゃ、と義務的だったのが、あれこうしたい、という前のめりさが出てきました。ああ。これだこれだ。
NAVERまとめでこゆりさんとブブさんのやり取りをようやくまとめた。作業は、会話をなぞりながらで、このふたりの会話、ほんといいな、と思う。まとめたい、って強くおもったんだからな。やっぱりな。そして、意気揚々とツイッタでまとめた!と宣言したら、こゆりさんもまとめてた。おおおお。
ニトリにいって、家中カーテン新調計画のための、カーテンレールなどを見る。しかし、ひとつしか買わなかった。
勢いで、今までの写真をフリッカーにアップロードする計画を無謀にもはじめる。
2009年のエイズ会議の写真は、旧PCに入っていて、なかなか重い腰があがらないもので、あと、他の写真もいつでも見られるようにしたいな、と。
エイズ会議レポを確認しようと、せくすばっにいったが、なぜだか表示されない。あんれ。
2010年7月27日
えーひまになったので、くだらないことを、考える余裕が出来ましたので、ブログを、書きます。どんだけいっぱいいっぱいだったかと。そう働いてもないのに。
アイフォンにしました。ちょっとした出来心でした。なんか、巷でアイフォンアイフォンすごい盛り上がっている。間の悪いことに、今使ってるドコモ、7月で二年しばりを解約できるんだって、知ってしまったのです。
とはいえ、何がなんでもアイフォンにしようという気ではなかった。挫折の歴史があった。アイフォンの予約初日にソフトバンクいったら、すごい並んでいたので、もう買う気うせた。ラーメンと電話、並んでどうにかする気がしない。紫蔵は別だけど。
街に行くと電気屋にはいってしまう習性を持つ身で、その日もどれどれ、もしクーラー買うとしたらどんな機種がいいかな、と、クーラーを買う気もないのに電気屋にすーと吸い込まれた。そしたらアイフォン予約できます、と張り紙がはってある。並ばなくていいんだ。なら買う。
でもでも、7月中にはこないだろうなーと思ってた。あんな品切れ品切れゆってたし。7月中にこなかったら買いません、と店員さんに念を押しといた。案の定、16Gは入ってきたけど、どうされますか?との電話。や、32Gじゃないと買わないっす。
ところが。きた。普通にまにあった。するすると手に入った。
触ってびっくり、未来の機械。ひーてなる。自分が必要とする以上のからくりがすうーいすいと。なめらかテクノロジーすぎる。はたと我にかえる。これは、なんかネットですぐに何かを調べたりする必要がある人や、どんどんツイートする人のための機械。持ち腐れる。持ち腐れるよ、絶対に。アイフォンを持ったから何かしなきゃいけない気にちょっとなってる。それちょっと違った。間違えた。電話とメールできればいいです!あとうまく押せないし。簡単携帯で十分っす!すんませんでしたー!
そんなわけで、おろおろしながら使っています、アイフォン。
そのおろおろ具合により、新しいものがよくわからない老人的立ち位置にまさに腰を落ち着けようとしているのを感じる今日この頃です。でも、使い方が解明されればされるほど、ほんっとによくできているのはわかる。うわ便利!と感嘆。
でも、せっかくだし、数年かけて謎を解明していこうと思います。そういうパズルだと思えば、いい買い物をした。このような、新しい使い方を提案していきたい。すべての謎がとけたとき、バラバラになる仕掛けです。
2009年12月 6日
かーびーがはえたー。
かゆいを軽くひととびし、いたい、になっていたのをほっといたら、大変なことになった。ようやく病院にいったら、荒れてるわーと認定された上に、保険証が切れていた。サキョウクからのお知らせを忘れていた結果。ああー。
痛いのを我慢して仕事をする気にならず、プラス、うつしちゃあかんやろう、という良心も働き、仕事を休む。ただでさえ仕事量がへっておるのに。物入りなのに。
それにしても、エイズ会議が終わってから、あたいはどうしていたのー。いったい何をやっていたのー。かびをはやしていました。かびの宿主としてだけの存在意義でした。今回は、何人たりともあたくしの体に指一本ふれさせていない時期、エイズ会議まっただなかにカンジダになりました。免疫さがってたのだなあ、と。
もりおさんから、たいへんなことになったというお知らせの電話をうけました。たしかにー。そんで、おでは今日は寝ます。それにしても、バックアップがぜんぜんとれません。おそろしかことじゃー。
2009年11月20日
うちのまわりは、そりゃあ、京都京都京都と、京都をめざして押し寄せてきた方々でいっぱいです。
そんな中を、もりおさんと散歩しました。一歩出て、そんな方々の人の波にのって約5分、もう気分は観光。気分、ていうか、観光地だから。観光らしさにちょっと染まって、何か貪欲に景色やら楽しさやらを味わおうとしますが、やっぱり散歩でした。
うちから三分圏内にできた新しいカフェによって、ここらあたりは、人がどっさりやってくるのに、ろくな飲食店がないのですが、そこは居心地がよく、コーヒーもおいしい。もりおさんが妙なテンションなので、私もふざけた。
その後、もりおさんは、チヂミを作る材料を買いに、私は東京行きの切符を買いに出かけました。
2009年11月 4日
二ヶ月に一度のフリーペーパー製作がめぐってきている時期であります。なんとかゴールが見え始めた半分くらい。遅れていたwAsdさんへのお礼メール。実家にいつ帰るのかという電話があって気が遠く。うちから一歩もでなかった。洗濯をしたらえらい量だった。おかえりという猫がジェットにそっくりだったのでやもさんに送ったが、それほどでもないよう。
フェイシャルのテストがせまっている上に落ちこぼれぎみなので、連日もりおさんの顔をお借りする。今日のもりおさんの顔はふにゃふにゃしてた。
今日から湯たんぽ。
2009年10月31日
東京におる。今夜のお宿として頼りにしておった方々と連絡がつかず、漫画喫茶ですごす破目に。いや、破目っていっちゃいけない。だってここはパラダイス。右も左も私が大好きな漫画にとりかこまれているよ。しかも、らくらく寝られるソファ。ああ。ずっとここでマンガを読んでいたい。そんなことさえ考えてしまうくらいです。ここの漫画喫茶は、すごくマニアックな品揃えで感動します。これ書いたらよむのー。数々の締め切りを忘れ、束の間の漫画の誘惑におぼれます。うわーい。
昨日の催しではすべりました。ハロウィーンパーティなので参加者は仮装してて、私もいく道すがらでの道玄坂の手芸店で購入したフエルトで海賊風眼帯など製作して、自分にないキャラでがんばったのですが、若者の心はつかめませんでした。人に話をきいてもらえないってさみしいわー。ああいう場では掴みが大切なのを思い知りました。しかし、私の話は、呼ばれたからと言ってとってつけたような話ではなく、こういう話が必要なんじゃないかと日頃から考えていることだったので、そういう意味では、話せてよかったです。でも芸やTPOを学んでいくのも必要だすわ。
2009年10月29日
saiというイラストソフトをいれたら、そりゃもう、あんた、便利やなあと。絵を書く人にはぜひおススメする。
ここしばらくは、様々なものがいたらないのを再度思い知った時期であった。
私は、文を書くのが好きだし得意、と思っていたら、そんなことはなく、イラストを描くのも好きだし得意、と思っていたら、そうでもなかった。いたらへん自分でなんとかこうとか。ずっと練習していないから、ヘタになってるんだよなあ。練習時間をとろう。
昨日は、あまりに〆切が近づき、それにもかかわらず、気分が沈みまくったので、WEENをききながら歌いまくったらなんとかなった。208だからこんなこともできる。
2009年10月24日
まだ書こうとしていますなう。どうでもいい近況を書き連ねようとしています、なう。なうなういうのは、今日限りにしよう。
新連載の原案書けず。今日中に書かねばなのに。ぴったりとくる言葉が書けないのです。苦しい。
そんな悩みを吐露すると、打てば響くように文章を書くことについての苦しさを返してくる同居人もりおさんがいます。もりおさん、今日は本当に元気がなさそうだった。私は練習も兼ねてフェイシャルとリフレを朝からほどこし、そしてあんみつをもらった。
2009年10月23日
ノーホルモン生活を一か月半つづけてやめました。あまりにカラダが急激に変わり、びびっていたところ、偽閉経療法以外に、低用量ピルでホルモンを調節する療法もある、とアドバイスされ、主治医に相談したところ、そちらに変更してもらうことに。
偽閉経療法のもと、ホットフラッシュが頻繁におこったり、皮膚がかさかさしたり、性欲がまったくなくなったりしました。ホットフラッシュは、「暑いなあ」ぐらいだったのですが、あとの二つは、かなりしんどくなった。いやあ、性欲って、たんに性に関係するだけじゃなくて、もっと、こう、日常の基調に関係している欲だなあ、と思いました。いずれ、閉経すると、こうなるんだろうけど、今からこうじゃなくてもいいだろう、とそこは貪欲に思いました。
2009年10月 3日
劇団どくんごの大阪公演。
京都公演をみて、あまりによかったので、大阪公演にも足を運んだのでした。
こんなに一生懸命舞台をみてしまうことはあまりない。心と視線が完全に操られてしまっていて、それはなんともここちよいこと。それも、何かドラマに引き寄せられる、というのではなく、舞台にいる人の表情とか、指先の動きとか、体の変な動きとか、そういうものに感動できる。
今回は、打ち上げに終電までお邪魔させてもらった。役者さんとお話でき、びっくりしたのは、さっきまで、舞台に存在していたあのふとっちょの、愛すべき人はおらず、それは、ほっそり細見のきれいな女の人から出てきてた人だと目の当たりにしたとき。ええー!いないの!あの人いないの!すごい。役者ってすごい。そして、あのふとっちょの人が今はいないことにちょっとだけさみしさを覚えたりとか。そういうこころが自分の中におこってしまうのがすごい。
どくんごは本当におすすめです。来年もまた見たい。
2009年8月 7日
Mさんのお誕生日会兼、結婚披露宴にいく。場をわかせようとする人らがいっぱいの空間であった。とれとれのぴっちぴちであった。ここ最近あまり見ないくらいの健全な場所。すげえ~。Mさんは愛されているのがわかるよい空間であったよ。
帰って、もりおさんに一足早い誕生日プレゼントを送る。スケットダンスのTシャツ。「ほしい」といっていたのを私はききのがさなかったのだけれど、さすがに自分では買わないだろうこれ、と思い、プレゼントにした。ちょっと微妙な線を狙ったプレゼントだったので心配だったが、さっそく着てくれてた。
2009年7月30日
ぽっかり明きました。
現実にも、こういう感じでいけたらよいんじゃないかと思う。
バリ行きのためのデジカメをついに買ってしまいました。それにしても、初海外旅行、どんなものを持っていけばいいか皆目わからない。とりあえず、電源とかね。
あと、近いうちにやらねばならんのは、モモコとラブリーポップへの原稿提出と、電気機器の点検。
最近、ちょとずつ調子を取り戻している。頭が回る時間が、少しだけ増えている。そして、自分で決めたにせよ、しっくりきてなかった今の状況が、だんだん普通のことになってきた。ちょっと前まで、「ああ、私、変化が怖いんだ」と思っていたけれど。怖くなくなってきた。
新たに面接にいく。駄目そうな手ごたえ。ああ。へこみつつかえってくると、もりおさんが友達を整体していた。終わって、三人で出町のバルにいく。ここがものすごいよい店。おいしいし、安い。大満足。そのあとカラオケ。あんなにカラオケ狂いだったのに、ぜんぜん歌えなくなっているのにがくぜん。ノドがふさがっている。気持ちよく歌えないので、ああ、気持ちよく歌いたい、という欲望がめばえる。
帰ってきてから、もりおさんと、久々にお互いの経験や、今の状況の話を、ちょっと深い言葉で話せる。こんな感じものすごい久々だったので、それをもりおさんにいうと、それをみんなもとめているんじゃないの?という。
私は、それがかつて、そればかりやっていて、なんだか自分が言葉の世界に生きていて、ちゃんと地に足がついていない気がしてたので、その辺りをシャットアウトしていたような気がする。
でも、こういう感じで話さないと、本当に話した気にならない。ので、いろいろ平行してやっていく方向で。
2009年7月26日
まつもっさんがやってきてくださる。といっても、打ち合わせ前によっていただいて、ご飯を食べて、お話して、時間がきてしまった。私は人生ダイジェストをきいていただいた。今までのおしゃべりで、まつもっさんのことをいろいろおききしているけれど、話すたびに、いろいろつけくわわっていってて、それはあたりまえなんだろうけど、なんだかおもしろい。
おでの課題は、「怒り以外で動いてない自分の変化をちゃんとうけとめる」でしょうか。あと、「気を散らせない」。
人によって、持っている課題はぜんぜん違うし、そういったことを話すと、自分の課題を改めて思ったり、あまり深刻にならずにとりくめる気がしたりして、ありがたかった。
バリのエイズ会議に備えて、ちょっとは英語に親しんだほうがええかしらーと思うのだけれど、もう、イヤでイヤでたまらん。が、ちょっとは慣れておきたい。自分のコミュニケーション欲求が萎え萎えにならない程度にはやっておきたいよ。が、今、具体的に、いろいろお尋ねしたいなあ、と思っているのは、日本から行こうとしている人たちに行きたいのだけれど。
ウチ帰ったら百足がいた。百足をもりおさんと力を合わせてゴミ箱へ。私は興奮しすぎて、息が荒くなり、目の前が白くなるほど。百足ごときで心がぐわんぐわんでした。その後ご飯を一緒に食べた。ゴーヤとトマトのサラダ、ナスの生姜いため、ネギの味噌汁。
2009年7月21日
先方のご好意により、用事が明日になる。が、用事はあるので、街に出る。自力整体の、一番最新のやつがほしいなあ、と探すが、某本屋にはなし。
フレスコをぷらっとしていると、豆腐売り場の前でもりおさんとばったり会う。わあ。買い物かごの中のししとうがちょっと恥ずかしかったり。私のリクエストで、晩御飯は冷やし中華となる。
思い出したように雨が激しく降るね。電話があるといつもうれしいものです。
2009年7月20日
昨日のお昼に引き続き、今日もSくらにいきました。Sくらに、立て続けにいってしまう人の話をきいて、そんな同じものを食べるなんて、と思っていましたが、いつの間にか、どうしても、どうしてもSくらのラーメンが食べたい、おかしいくらいに苛まれて、足を運んでいる自分がいました。Sくらのラーメン、食べ終わる頃には、お腹いっぱいで、当分ええわ、と思うのにもかかわらず、です。そういっているうちに、また食べたくなった。あらよ。Sくらのラーメン。
2009年7月19日
どっかいきたい、ということになったら、ちょうどいいのが植物園しかなかった。植物園には人がいなくて、日常からトリップするにはちょうどよい加減。小雨もなんのその、雨が降ってきても、おれら喜ぶぜ!とかいう設定で楽しむのもつかのま、雨ざあざあぶりになり、今時風のカップル二組と雨宿りするハメに。Yは雨で羽化があやうくなっている蝉の幼虫を助けたり、観察したりしていた。あいつ生き延びたかなあ。
結局、帰りにざあざあ降りになり、水もしたたるなんとかになって、家にかえりつきました。
2009年7月17日
もりおさんの本棚は、意外なことに私とまったくかぶっておらず、頼もしいです。もりおさんのおかげでよしもとばなな好きになった。もりおさんの本棚を見ると、ぱっと目に入ってくる銀色夏生、今までは、銀色夏生、という名前で敬遠していたのですが、ついに今日一冊借りてしまった。
今週の週末どうする?のスカイプをYと話す。私がいろいろ検索していると、そんなにがんばらんでもいいよ、という。がんばってないよ、普通にさがしているよ、というと、明日さがせば、といって、そして、なんかつないだまま、そんなに会話はもりあがらず、そっけなく、切れた。
2009年7月12日
あついねえ。
からだはまだカイカイです。このような身の上になってから、しょっちゅう原因の検索などをやっておったのですが、この長引き
ようと、患部写真の一致しようからいって、茶毒蛾、の線が濃厚。あなおそろしや、茶毒蛾。草むらには長袖長ズボン必須と末代までの家訓として伝えていきた
い。
ふうふういいながら、モモコの記事を直す。そして、街へ買い物へ。買いたい物は見つからず。
帰ってきたら、夏風邪をひいて早退してきたもりおさんがいた。ふたりとも、同じスーパーで同じ特売のきゅうりを買ってきており、うちの冷蔵庫には今きゅうりが20本くらいある。せっかくなので、冷や汁を作ってみた。
そして、もりおさんが、いつのまにか冷蔵庫の野菜室扉についている汚れが、ネズミの前足のあとなんじゃないかっていう指摘をする。ああ、あってる。それあってないほうがいいけど、あってる。
バリ行きが思うより自分にのしかかっている。いくって決めたんだけど、どうしたら行くに値するぐらいの動きができるか、ちゃんと用意していかないとだから。とりあえず、詳細に日記を綴るのは最低限。あと、東さんと交流するなんかを用意したい。
2009年7月11日
急に気分がよくなる。コーヒー飲んだら。ちょっと調子が悪いとは感じていたけれど、コーヒーを飲んで、みるみるココロが普通になると、うわあ、私、ここずーっとかなりマズい、追い詰められたギリギリの気持ちだったのだなあと。状況はなにひとつかわっておらず、いくつかある心配事もひとつも減っていませんが、なぜか心は錦。えんやーとっと。
低迷期を脱出してみると、さっきまでの自分が馬鹿みたい。いや、馬鹿にしちゃ、なんねえ。でも馬鹿みたい。昨日までのすべて棚に上げて、落ち込んでる暇があったら拭き掃除でもなんでもやれ!と思いました。
帰ってきて、まずやかんを磨く。そしてやることを書き出し。シェアさんから、前回の講義のアンケートが送られてきてたが、私の講義がどうであったかの感想もまばら。いいか悪いかもあまりわからないので、今度から感想書いてくれって声高にお頼み申そう。次回ショーケースの藩さんからよい告知文と写真が送られてくる。こゆりさんに電話。妙ちゃんに電話。東京から帰ってきたもりおさんと久々対面。彼女も何かから脱したよう。やることは半分しかできませんでしたが、とりあえず、モモコ原稿はざらっとは書けたし。けっこう風俗のコには知っておいてもらいたい、エイズパニック神戸事件をめぐる風俗とHIVの因縁についてがテーマ。こんなものが読めるモモコは本当にすごいと思う。
2009年6月26日
バーゲンにいっている身分ではありませんことよ。はあはあ。よく存じておりますけれど、いった。いっちまった。アウトレットにいきましたよ。今買うなら女子ぽい服を、そして自分に足りないところを物質でおぎなおう、と思っていたけれど、結局買ったのは、欲しかったアロマディフューザー、マッサージするときの敷物でした。あと半額になってた鬼塚タイガーのスニーカー。
夜は、208で打ち合わせしてた岩淵さんと佐藤君と立ち焼肉屋へ。そして佐藤君と別れてからピンチョス。初ピンチョス、ははあ、さすが皆が普段使いしているだけあってよいお店でした。それなら、と私には珍しく、酒なども飲み。サングリアですけれど。それにしても、今日の話題は、アニメの話ばかりでした。話す人が変わってもアニメ。好むと好まざるにかかわらず、アニメの文化、おたくな文化が取り巻く世界に深く浸透しているのを感じました。娯楽として、満足度が得られるもんなんやろうと。
やあ、働かないと。あまりに仕事が減っているので、あせってはいるのですけれど。
2009年6月25日
昔書いていた日記の過去ログ移動に成功。長かった。MT3.1バージョンのentroをMT4のセクシー山に統合したく、でも、ネット上には解読不可能な説明書きしかなく、どうしても移動できなかった。どうにもならないのかよ!そんなのありかよ!と自らの読解能力のなさを無視して、立腹していたところ、無料ブログ(FC2はバックアップ形式がMT、MT3形式を難なく取り込み、MT4をぺろりと吐き出せた)を経由したらあっさり解決。なんだよう。
2008年4月に書いた最後のエントリーを見ると、ちょうど、208に参加して、数ヶ月のころと思われる。
その前だと2007年11月、今の家に引っ越してきたばかりに書いたものだ。
やっていることはあまり変わらないが、やっぱりいろいろ変わった。人生における身振り手振りがだいぶん変わった。その身振り手振りはまだ慣れておらず、ぎこちないばかりですが、あともどりもできません。前の振りも忘れたからねえ。
2008年4月10日
大阪にいる。
大阪はアウェーだけれど、気持ちまでアウェイなのは、大阪にいるからではない。
長い間、私は身近にいるごく少ない人たちの中だけで暮らしていたけれど、そんな日々からずいぶんたった、今では様々なつながりが生まれ、自分のなじんた小さな世界だけではなく、そのほかも視野に入る。入れる必要がでてくる。
それは大人になるということなんでしょうか。
めぐってくる機会があれば、それをいっしょうけんめいやります。それしかないですし。
でも、自分が好きな、小さな世界、それもとても大事で、小さく小さく遊んでいたい。それをないがしろにしているなあ。
2007年11月26日
東京から帰ってきていちんちだけの我が家。ダンボールが林立するだけの空間よ。家はいいのにねえ。東京の西荻宅でさんざん現状を肴に。Yさんは前回Yさんとぜんぜん話してないなあ、と私がいったのを根に持ち、ハラを割りまくったそう。そんなことゆったのは忘れている。そしてYさんに今回はさんざん元気付けられた。
元気だか元気がないんだかわからない。いや、元気。動いているからな、毎日。落ち込んで動けない日はここしばらくまったくない。やることはいっぱいあるしなあ。
明日はOさんと会う。Oさんにも相当世話になっている。
ありがたいことだ。
明後日からは広島。
10月11月は賃仕事の労働時間は本当にわずか。不安だけど、こんな余裕がある感じも人生のひとときだけだろう。わずかな仕事にあわあわしてないで、楽しまないと。
12月はウチの手入れを。
そして、とってつけたようにいのっとくわ、会えないあなたに幸あらんことを。
2007年9月 4日
決断続き。少し前まで脳内ニートだった人になにやらす。最大の決断のあまりの決断の大きさに二晩眠れなかったほど。
そうはいっても、人間関係の不自由さにくらべたらぜんぜん大丈夫、というかんじ。
いろいろあきらめるためにこの大きさ?
決断はまだまだ続く。
むつかしいことが、でも決めて、動かなきゃいけないことがまだまだ続く。。
自分を単純にしないとつぶれるな。
気をつけよう。
2007年7月10日
なんか、雨も降っていることもあって、キョートット出版にずーといる。電源コードを忘れたので、家にとりに行き、風呂をあびて再びキョートットへ。回りません、頭も、そのほかも、と思い、高山建築学校冊子のスキャン作業を。チャームにようやくビッグプレジャーナイトマガジン送る。
昨日眠り端にYから電話があり、飛び起きるに値する出来事だが、目は覚めず、それでもことばを拾おう、拾おうとしていた。ちょぼちょぼと飛び石のように話されることばを総合して考えると、いくらかの割合でよいことが話されたんじゃないか。会ったりするのは、ずっと先のことだと、それはそうだということだけど。私は半分寝ているようで、距離をとっているから、距離をとっている理由も全部忘れていたので、Yに会いたいし、声も聞きたいし、ねこちゃんにも会いたいし、何も問題がない気がして、Yとのあいだにあたりまえのようにあるはず、とまだ感じてしまっているけど、最近味わっていない心地よさを味わっていて、気持ちがよかった。
2007年7月 9日
仕事がえりに不動産屋、カラオケ。
マイアミから電話あって、ちょうどよいので、最近やろうとしていることの相談を飯食いがてらする。というつもりでさそったんだけど、とりあえず、あまりにたいへんだったのに負けて、大事なものを手放してしまって、それをなんとかやりすごすために、しゃかりきになっているのだ、という話から始まり、私の愛と憎しみを語る。いろいろアドバイスを受ける。この辺の人間観察眼はすごいあるなやっぱり、マイアミ。
あと、マイアミの近況(ラブ話が中心)をきいたり、本題の打ち合わせ、というか、私が考えていることをちょっと酔ったこともあってでかい話に結び付けつつ、話す。マイアミ相手だと、連想されるままに、ことばをマシンガンのように放出しても大丈夫な、稀有な友達であるので、安心して話す。マイアミは、こういう話は、ほんとにひろう。ありがたいこってす。話だけに終わらせず、ちゃんと実現させていきたいもの。
その後、客にみやげにもらった粟餅を、
キョートットの方々に持っていく。喜ばれたのでうれしい。
うちに帰って、ちょっと話したことで、手放してしたことや、それにまつわる様々な感情を思い出して泣く。
やりたいことをやれるのは、幸せなことだ。でも、毎日、本当にちょっとずつしかできない。だからやんないとねえ。
2007年7月 7日
あまりにたいへんなので、いろいろ予定、企画をたてて自分を社会に復帰する方向にしたのだけれど、そうしたら自分の首がしまった。ははあ。が、今たいへんなのはあたりまえでんがなねえ。
企画をたてたものの、家ではぼんやりとダウナー田中のリングネームがぴったりの様子、首の締りがきつくなるばかりなので、キョートット出版にパソを持ち込み作戦を展開、功を奏す。
今日二十日〆切りの原稿あげた。
企画ばかりが私を元気つける。
今日はキョートットの人を見かけなかったが、キョートットとの交流もたいへんありがたい。今日は一人で占領、漫画を読んだり、作業をしたり。外の路地を楽器を弾く人が歩く。オフィスとして最高です。
2007年5月11日
前々から気になっていたカポエイラの見学にいって、自らの運動能力の限界の、こんなに低いです、を噛み締めました。全般にあんぐり口をあけるほどできないんですが、側転、嗚呼、側転。カポエイラは、その戦いの場所の円の中に、側転ではいっていくのです。側転につぐ側転。なぜ、こんなにできないことをやっているのか、わけがわからなくなりました、いや、できないから、不得意だからこそいっているのですけれども、カポエイラはすてきな格闘技です。
その帰りがけ、体の間接部分がぎしぎしでして、甘えたい気になり、あのゆるやかな坂もきついし、と自分にいいわけしつつ、Yのウチにむかって、さて、我々はお互いの家にいくには、ちゃんと電話してからいく、ということになっているものの、Yは電話に出ないことも多く、電話に出なくても訪ねることもあって、その日はそういう日だった。そうしたら、女の人が寝ていて、Yも寝ているようで、ああ、と思って帰りました。なにが「ああ」なのかわからないけれども、帰るのがいいのか、帰らなくてもよかったのか、そういう判断はぱっと見、わからないもので、いやいや、そういうことではなく、お互いの生活を守るために決めたルールは、やはりその通りにせねばならない。そこに私の、私だけの理屈や、そのとき感じたことを付け加える余地はない。
あれほどおっくうだった坂は妙にやさしく、その日は今年一番暖かく、車輪はおもしろいように滑り、自転車が、よい友達でした。
2007年4月17日
ウチの資料をまとめを引き続き。ホワイトボードを復活させる。過去の遺産、株主優待が出てきたので、散歩がてら使いに行く。カラオケ。帰ってきて、ようやく目当てのパンフ向けの資料をまとめはじめる。あーあれだ、ビデオをみて、ラブリーポップの原稿も書かないとだ。ふんむ~。いろんなことを忘れつつ。