人間の手がまだ触れない
これで食べていきたい、という具体性はないのです。残念なことかもしれない。もうこれで食っていくのだ、という経験による裏づけもない。
が、今までの行動や、ときたまおとずれる衝動で、これが一番自分にとって大事なんだろう、ということはある。
自分の心の中に、どうしたらいいのかわからない領域、というのがあった。その辺りの記憶を思い出すと、とにかく感情が動かされて、泣いたり、怒り狂ったり、と、現実に起こっていることをすっとばして、過去に引き戻されてしまう領域だ。だいぶん振り回されていた。どうやってあつかっていいのかわからない。触れると大変になるので、触れないでいようとするけど、やたらと存在を主張するし、なんとかしようとすると、大変すぎて手に負えないのだった。
幸い、歳をとり、いろんな経過をへて、その領域、というのが変質して、それほど自分を振り回さなくなった。が、そんな風に長年生活して、私には、その領域、というのが、自分の心の中以外に、たくさんある、という妄想に近いイメージがある。
どんなものか、特徴を箇条書きにすると、
・肉体的か、精神的に痛い思いをしたり、怖い思いをしている
・たいてい子供で、逃げることができない
・孤立している
・助けを求めたりもできない
・本人も、まわりも、おこっていることに無自覚である
・が、大変なことがおこっている
・それらは、たいてい見たくないものであるので見たくないものとして扱われている
過去になっていることは、過去だからもういい、と思える。が、今もそういうことが起こっていて、これからも起こる、それも、特別な場所じゃなくて、ごく普通だと皆が思っている場所に、その暗い領域がどんどん再生産されていく、というイメージだ。たまに、その妄想がぐわっと心を覆って、何がなんだかわからなくなることがある。とてもあせる。
一見関係なさそうだけれど、私がセックスワークの予防云々にかかわるとき、自然に、その辺りを解消したい、というのが入ってきている。予防云々、を何とかしたい、というよりは、人と人の間に起こってくる、不均等な力関係の上に起こる何か恐ろしいものに対して、何かしようとしてしまう。いや、何かできる、というより、自分もいまや、手を下す側にまわってしまって、日々関与しているんだろう、その放置の有様に対して、なんらかの罪滅ぼしをしたい、というのに近い。あるいは、それをしなために、逆の動作をし続ける、ということか。仕事か仕事じゃないかにかかわらず、自分が書いたり作ったりするその理由の根っこには、全部そのその暗い領域が意識されていると思う。そのほかに、自分が積極的になれることというのは、あまり思い当たらない。
ずっとそういうのが当たり前で、あまりそれを変えようと考え付きもしなかったけれど、自分の方向性を決めているこの暗い領域をめぐる私そのものを、このままでいいんだろうか、と少し迷うようになって来た。
こういう自分でいることは、ほんとうに私、というものを窮屈な感じで決定つけている。
一見、私がポジティブに動いていることも、この理由で動いている限り、私が、というか、大変だった私を、ずっと記憶し続けていることにならないだろうか、というか、それを忘れないためにやっていることなんだろうか?とちょっと感じるから。
こういことは、がっちがちにコントロールして何とかできるものでもないのは、今までの経験でもそう。が、こうやって書くことで、次の一手がおのずとおこってくることもある、というのもそう。
一番何がやりたいか、と問われたら、その無数に点在するブラックボックスのようなものを開くこと、あるいは、その動作によく似たこと、といえる。本当に、もっと現実的で、具体的に人に役にたつことだったり、仕事になることだったらよかった。細々とでも、その欲望に忠実な仕事をやれたらなあ、と思います。ていうことは、もっと若いうちに考えておきたかったな、とも思います。

コメントする