傑作「地獄組の女」礼讃
今年のはじめ、漫画家SABEが亡くなった。
彼の代表作のひとつに「地獄組の女」という作品がある。私はこの漫画が大好きだった。
好きな漫画は、と問われたら、「岩明均の全作品と、地獄組の女です。」とずっと答えていた。岩明均の作品は、毎回深いテーマを掘り下げるわ、年々技量はあがっていくわで、そう違和感ないと思うけど、「地獄組の女」は「なんでこの漫画をそこまで?」と首を傾げられることも多い。そりゃあそうだろう、とも思う。私にとっては、両者は、めちゃ共通するものがあるのだけれど。
「地獄組の女」の主人公は、まよみ、という成長とは無縁の、駄目な人間である。そして、彼女をとりまく世界も、本当にどうしようもない、尊さのかけらもない、不条理な理屈や、権力者によって成立していて、それに対して、数人の良心ある準主役、脇役によって、かろうじて話が成立する。ひとつひとつのエピソードはまったく救いがないけれど、ポップな絵柄で、悲惨な話がほぼギャクとして描かれるので、重たさは少しもない。その結果、世界の崩壊がものすごくくだらないものとして描かれている。
そこがすごく好き。
重たいものをそのまま重たく描くものは、何か変えよう、このままではいけない、という方向性を自ずと志向することがある。それがその作品の力となったりする。
が、地獄組の女にはそれはない。ただただ、その現実に振り回され、自滅したり、死んだり、結局はより強大な力をもった者や、法則が、ただその通りある、という見も蓋もない世界観が展開される。
これは、相当突き放した、もう何もかもをあきらめきったものの視点だと思う。もしくは、人間の醜い心や、争い、生き死にに、なんの優劣をつけることない、神的な視線か。
そんな投げた視点で実際に人生を生きていったら、本当に自滅する。そりゃあすぐどうにかなる。
ほとんどの人は、今ある、自分がなんとか生きている現実が、いつひっくりかえるかわからないのをどこかでうすうす知っているから、そうはならないよう維持する努力をするし、ひっくり返らないよう、常に気を配り、社会的なもの、文化的なものを強固に積み上げている。
が、たまに、そのくだらなくてどうしようもない世界が今自分が生きている世界なんだと思い続けないと、心のバランスがとれないってことが起こる。それは、一度世界がひっくりかえってしまったり、何も信じられなくなってしまった人で、それも自己防衛のひとつなんだと思う。
「地獄組の女」的な世界観のままではやっぱり生きられない。が、一方で、あの無常の世界観に、ものすごく安堵する。あと、駄目人間の典型像、まよみに、つい共感してしまう。私がかなりがんばって、彼女を反面教師的に扱ってみても、自分は、どうしようもなくまよみの側だ。
あの物語は、どうしようもない現実の、映し鏡のようなもんなんだと思う。そんな世界をちゃんと見つめられるのは、すごく心の強い人か、なんとかしようとしている人で、ほとんどの人は見るとつらくなるので見てない世界を、そこから遠い人も、渦中にいる人も、全然見ようとしてない世界を、ちゃんと写しているところがあるのだ、というので、とてもほっとする。
あんなぐっだぐだな展開の中で、ずばっと心を射抜く名セリフを満載し、決して善人ではない魅力的なキャラクターが登場する物語を描いたSABE先生は、本当にすごい。あんな風に闇を覗いていたのは、その作品の力量は置いといて、「残酷な神が支配する」の萩尾望都に匹敵すると思う。もっと漫画を描いてほしかった。ご冥福をお祈りします。

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