風俗嬢に対してあんなことや、こんなことをしたい、という話
あの、嬢ちゃんたちにいろいろ、いろいろしたいんじゃよー。
神聖モテモテ王国のファーザー風に話すと、ものすごく実感がこもります。
本日は、誕生日も迎えたことですし、その、いろいろ、いろいろあるうちの、い、あたりを話すのが建国の第一歩じゃなかろうか?
このあいだの208ショーケースでお話いただいたブブさんともお話したのですが、セックスワーク関連の活動をしたことがある人は、多かれ少なかれ、その内容や成果を、なんらかの形で残したい、誰か他のワーカーの目にとまるように、と願っている。しかし、どんな活動もそうだが、いかんせん、記録、という仕事は、成果を目指すようなものではない分、労力をかけるには躊躇されるし、個人で編纂されたものがあるとしても、多くの人の目に触れさせるのはすっごくむつかしい。たぶん厚生省あたりにいつくかの活動が、報告書としては残っているが、風俗嬢の99パーはその存在も知らないだろう。私が知っている他にも、どこかで誰かがやっていたかもしれない。が、私が知るだけでも、十年ほどの流れがある。それも、誰にも知られていないことだ。
風俗嬢の問題にかかわったことのあるものなら、やはり願っているのである。なぜなら、風俗嬢の直面する何かは、よせてはかえす波のように、各々の上に同じように繰り返され、その無情無念さは彼女らはよく知っている。
また、風俗で働いたことのあるうちのいくらかも、同じ理由で、自分の経験や、サバイバルの仕方を、他の誰かとシェアしたい人がいるのではないかと思う。私もそのひとりです。
が、私のモチベーションはまた別のところにあるので、ちょっと書いてみることにした。
上記のことをふまえ、ワーカーに対して何か働きかけたい、というときの理由に、それは、自分がワーカーになってみて、様々な不安や、危険な場面に遭遇したのだけれど、それに対して知識をつけたり、解釈しなおしたりした経験があって、その当時、こんなアドバイスがあればなあ、と思えることを、同じような立場にいる人たちに向けてなんかしたい、と答えていた。でも、それ以外の理由もあり、直接的な動機付けを考えると、以下のような経験が大きい。
まずひとつに、その、風俗で働くなかで、得たことがあるとします、その経験を、誰かに話したり、誰かの話をきいたり、意見を交換したこと。
そして、その得た何かを書いたこと、それは、走り書き、まとまならい漫然とした長いメモ、落ち着いて振り返った文章、人が読むことを前提とした原稿など、いろいろな形態なのだけれど、それがふたつめ。
みっつめは、厚生労働省のセックスワーカー向けの政策のひとつの企画として、風俗嬢による、風俗嬢のための性感染症の勉強会のスタッフを一年やったことがあるのだけれど、今になって、その経験がものすごい役に立っていること。あの、いまいち何をやればいいのかもかからず、これってなんか意味あるんかな?と時に投げ出したくなりながらやっていたその経験が、実はものすごい大きなことでした。
ひとくちでいってみれば、これらのことは、おもしろかった。
また、もうちょっと、意味のありそうなところからいってみれば、ある経験を、形にすることで、その経験が、次の何かに応用しやすくなった、という実感がある。経験を、自分や、他の人に表しなおして追体験することは、その経験が自分を捕らえる気持ちの枠から離れ、手になじんだ、とても役に立つ道具になるイメージがある。その経験がよいことであっても、つらいことであっても。
目的からいうと、「安全に働きたい、そのために」というような、模範解答なんだけれど、「安全に働く」ためにいろいろ考えたり、実際にやったりすることが、おもしろいので、そのおもしろさ部分を推し進めたいのです。そんなこといっておきながら、もうごめん絶対、とか、そんな経験もありますが、それは、何かを数人であつまってやる上では、なんか出てきてしまうフロクみたいなものなのでしょう。が、強く推すよ。マジで。
そういったことを、もうちょっとこうしてみたいな、とか、自分なりの改良版を、やってみたいのです。
と、まあ、本日はここまでにいたしまして、今度は、そのおもしろかったし、経験値になった、フィッシュ、というグループでやっていた、バイ・ザ・風俗嬢、フォア・ザ・風俗嬢、オブ・ザ・風俗嬢、の勉強会について書いてみたいと思います。

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