新しい朝がきた
このあいだ、田中、何をいっているのかわからないことが多い、と、普段の私の言動から、言われても仕方がない意見を聞き、何をいっているのかわからないのは、内容もさることながら、 言葉使いがどうも、という指摘があり、ちょうどその時、茶の間では、殺人事件を報道するニュースで、犯人の友人の若者が、語尾にみたいな、みたいな、を連発して、殺人犯人のことを述べていた。みたいなって。確かに、みたいな、を多用した言葉は、聞いていて、みたいな、をつける必要あるのか、お前はいったい何をいいたいのだ、という気にさせられる。
私は、みたいな、を、連発して会話しているのだった。なんか、てゆーか、も多い。ちなみに、私と接する人には、そのような言葉を使ってしゃべる人はまったくいない。どこからか、私はそれを身につけている。
そういうわけで、今年の抱負は、みたいな、なんか、てゆーか、など、さして自分で使いたいと思っているわけでもなく、むしろ、そんなことばは、不恰好だ、と思っているのにもかかわらず、使ってしまっているものを、やめていく、という、そういうのを心にかけていきたいと思います。
今日は、もりおさんが、アルゼンチンババア、というDVDを借りてきていたので、それを足湯をしながら、横目で見ていました。逃げてばかりの父親が、ようやく少し父親らしい態度をとって、ようやくこどもがこどもの感情を出した場面が、よかったです。

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