ブブさんのことばにはGが-208showcase 雑感-
使ってしまう比喩とはあるもので、私は、それほど斬新でもないのに、ほのかにSF風味がかかる、というだけで、Gがかかる、を多用してもう幾年。
が、それだけのことはあったのです、あの日あの時あの場所で、というのは、208のブブ・ド・ラ・マドレーヌさんのショーケース。
ブブさんのお話は、舞台と縁が生まれたきっかけ、から、ここ数年の人や物事との交わり、そこで得た着想などをお話していただきました。ショーケースの後半では、来場いただいた方からの声もあがり。さらにショーケース後も、お話は続きました。
その全体を通じて、ブブさんの自分をとらえるまなざし、また、相手の質問を受け止める力、それは、その質問の内容を理解する、ということと、さらに、それに対する答えの的確さ、を感じました。それは、単に頭のよさ、ということではなく、経験と、それに対する、感情が反映された考え方、真摯さが裏づけされて、それこそ、生きてきた時間の中で、そのような姿勢の積み重ねによって、ようやく、その場にあらわれるような類のものです。
そのような人が、場にいると、全体の雰囲気も変わる気がします。理論の正しさではなく、個々が、その意見を選択するにいたった経験や、気持ちや、意志の存在が立ち現れるようなのです。たち現れる、ということは、つまり、唐突な感情論や早急な断定により(「あなたのことがわからない」というような)結論に結びつくのではなく、少なくとも、お互いの意見、意見だけではなく、そのほかをも交換しようとする姿勢が問われる。それは、お互いの差異が浮き彫りになる、ということでもあります。
私は、普段、どちらかというと、自分の立場をはっきりさせるようなことは避けていると思います。それは、私なりの理由はあり、選択している、と思いたくもあります。
しかし、そのいつもの姿勢ではなく、苦しいながらも、他者がいるということを受け止める、そのことが美しく、かつ、自分の望むことではないか、と信じたく思いました。
ブブさん、ありがとうございました。

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